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2005.10 会合  品質協議
10月27日
d0105721_1938591.jpg 只今工事中の住吉邸で京北森林組合から材の供給を受けているが、杉縁甲板を返品した事をきっかけに、材のグレード、使われ方について、山側と施工側の認識に違いがある事がはっきり見えてきた。今回は認識のすり合わせ、要望、理解をする協議会を京北森林組合製材所で行った。

品質協議  まず住吉氏に材の返品に至るまでの経緯と、問題点について話して頂いた。
 構造材の発注時は大体の所は「一等」、化粧に使う所は「特一等」の形で発注しました。 野地板も化粧で使うところは、「化粧」と特記して発注しました。出荷された材は、中々いい材料で、特に化粧と指定した材はちゃんと紙巻きをして頂いていました。 見ると、柱も梁も無節に近い非常にきれいないい材ばかりでした。「一等」指定の材も良い材がほとんどで、返品した材はありませんでした。次に発注した30mm厚の杉板は、すごく乾燥してかさかさな感じの材や、ドボドボの材までばらつきが在り、色(赤みの物から黒いものまで)、節の具合も(無節に近いものから節だらけの物まで)ばらつきが激しいものでした。15mm厚の杉板は、私や大工の目からは、とても床仕上材としてはちょっと使えないなと思う材が多く、問題提起として15mmの材を半分近く返品しました(あまりにも節のかたまっている物、死節の多いもの、小口割れの長いもの、抜節が角に在る物、極端に色の黒いもの、厚みが、均一で無く薄いところがある物等)。後に森林組合の方より聞き判ったことですが、30mmも15mmも一等材であったとのことです。
 次に枠材についてですが、構造材の品質の良さもあり「特一等」の杉材で注文したのですが、伝票には、「一等」としてありこれは、安くしていただいているのかなと勝手に思っていました。納品時に私が品質の検品をしていなかったのですが、大工もあまりいい材料ではないと思いつつ、今回の森林組合との取組みなので、遠慮していたようでそのまま、加工、取付が進み、私も出来た枠を見てあまり良くないなと思いつつ中には、悪いのもしょうがないかなと思っていましたが、和室の枠を見て余りに酷い(節が大きく多い)のでストップをしてもらい、枠材を確認しましたら、半分ぐらい使えない様な材で、翌日 森林組合の方に確認を取ると、特一等とはどんな材ですか? と反対に聞かれた。森林組合では、「特一等」材と言うグレードは無く「一等」材を出荷していることが後になってわかりました。出来てしまった枠は後々の私の戒めとして残ることになりました。自分の家なのでこのままにしますが、施主の居る他人の家では、ちょっと使えない様なものが多いです。(見事な節やチークのような杉)
 山側は、歩留まりを考え一等材で作っているのかなと思いますが、品質のばらつきが激しい。利用者側は、コストが安いから「一等」材で良いと思っているのではなく、床材として使用に耐えるもの(美感的にも)が欲しい。半分近くほかすのであれば、高いものになる。品質の安定しない輸入フローリングでも、2割増し位の数量で収まっているが、特に15mm材では、そうでなかった。後の枠材についても言えますが、山側がその材(製品)の使われ方の、イメージが出来ていないのではと思われます。歩留まりも考えれば、Aグレード、Bグレード位あれば、こちらも使いやすいのではと思います。「特一等」というグレードが無かった事は私の知識不足ですが、その時に「特一等」とは?「一等」にしますか?、「上小節」にしますか?と言う問いかけが欲しかった。森林組合では「一等」でも鴨居だ枠だと注文された場合、割れが在っても、角に抜節が有っても出荷される体制では、返品されてもしょうがないように思います。
 後々調べてみると、柱などには「特等」というものがあって施工側が「特一」と言っているのが少し中途半端だったように思う。「特一」というのは柱系統で丸みなしというもので、こういう造作のもので「特一」というものはないようである。「上小」「特上」とそういう化粧の感覚になっていく。一等で化粧材というのはなかなか少なく、難しい。今回出荷された材も「一等」の中でも枯節などの少ないものを選んだつもりではあるが、化粧材という感覚はなかったようだ。その辺にずれがあったということだろう。施工側としても、「一等」の化粧というのがどれ位のグレードのものかと言う事を身に着けておかなければいけないし、今後は「上小」なり「小節」なりという部屋ごとの指定、見掛りの部分の細かな指定をしていく必要がありそうだ。

d0105721_12125210.jpg 工務店と材木屋の関係は返品の歴史で、返品の繰り返しによって学習を積み、工務店のくせなど呼吸でわかるようになってくる。材木屋に一定のフィルターができるということ。それを通ってくると返品の数も減ってくる。その辺もひとつの言語である。今回の様に直接産地と使い手が直接取引をする様になるとまだ言語が確立していないのでそれを作っていかなければならない。それには場数を踏まなければならないし、マニュアル化、例えば木の面積に対しての節の量など規格化しなければならない。現在全国的にネットワークがあるが、うまくいくところというのは山側の人間が図面を見てこの木を使えと指示している。逆の立場、設計者先行で、山側のイメージが弱いところはなかなかうまくいかない。受け手だけでは難しい。山側も変わらなくてはならない。設計者も京北の山で取れる木にあった家の作り方を地道に考えなければいけない。京北の木の品質や量を分かっていればやれるだろう。その様な事をやって行きたいと思う。

 今回返品した板材については、すごく良い物と返品に値するものと差が激しかったように思う。製材所も乾いたものから出したという感じで、選ぶという作業を行っておらず、「一等」という大体の感覚で作っていたようだ。たとえば、AグレードBグレードぐらいを作っておくと、部屋毎に使い分ける事もできるし、今回のような事も避けられたのかもしれない。

佐野先生の話 
 今、緑の列島というNPO法人で鈴木有先生を中心に、国産地域材の利用の実情に合わせた新たな品質基準を設けようという試みを行っています。これは設計者も大工も素材生産者も、同様に木のことをあまりに知らなさ過ぎることから、全国的な基準のほかに具体的な基準を地域地域で作っていこうというものです。京北の木のネットワークでも、こうした問題が露呈してきたのはとてもタイムリーで意味のあることと思います。先日の現地訪問の際には、生産者である山側の苦労や木材の有効利用に対して寛容な姿勢が同情から生まれますが、こと建設現場では、逆の心のはたらきが生まれるというのはごく自然なこと。住吉さんのように、この両方の間で悶々とするのが、産直体制という試みでは必ず通らねばならないステージなのだと思います。
 当然、双方の間に意識の交流と、それによるチューニングが必要となります。ほとんどすべての柱や梁の構造材が現しとなる化粧材になるのか、それとも大壁に包まれた野材となるかは重要ですね。どちらも山のバランスを考えると必要と考えていいとおもいます。また、伝統型を目指すといってもすべての柱が美しくなくてもいいでしょう。京北では北山丸太の産地として、数寄屋や高級普請ものを出して来ていましたから、とびきり上等なものと、一般材との落差が非常に大きく、今日の僕たちが手掛けているような一等材の範囲内で現代の木造民家をつくろうというあたりとのずれがあるのは至極当然です。
 ぼくたちのネットワークが山側に求める構造材、造作材や板材の品質基準を明確にして、それに応えてもらうような努力が必要です。といっても、ぼくらの需要で彼等の生産の過半を占めるというようなことにはなかなかなりませんので、まずは前回のように、山側で産している木材の程度と生産能力を見、ここで調達される材のおおよその見当をつけてもらったわけですが、(もちろん、まだまだ理解は不十分です)次には山側にぼくたちの求める材のイメージを理解してもらうという作業、これは同時に、ぼくたち自身の中でのある程度の意識統一もまた必要となることを意味しています。皆が同じような家つくりをする必要はないのですが、材として要求する際の言語統一くらいは必要となります。
 ただ、先にそうした基準をつくりあげて、それにしたがって家を設計したり、材を生産してもらったりするということにはなかなかならないでしょう。やはり仕事をしながら、実際に材を動かしながら相互に理解しあうことになるだろうと思います。当座はおおよその見当をつけあうというくらいのことでいいでしょう。

以上
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by keihokunoki-net | 2005-10-27 17:33 | 会合
2005.10 会合  森林組合・伏条台杉見学会
10月2日
 今回の会合は京北森林組合加工センターと、片波伏条台杉見学会となった。午前に加工センター、昼食をはさんで三間さんの案内で片波の伏条台杉へと向かった。

d0105721_17281996.jpgd0105721_1726563.jpg 当日は休日だったので機械も動いておらずとても静かで、木たちも眠っているようであった。
 伏条台杉からは自然の力、木の命、又私達の普段お世話になって目にしている、身近な植林の杉の事 ・・・・・考えさせられるエネルギーを感じた。佐野先生のHPで詳しく紹介されています。
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by keihokunoki-net | 2005-10-02 16:14 | 会合